コラム―花によせて
その5 カサブランカ
6月9日、母の一周忌を行いました。
電気も水道も止まった石巻の施設で息も絶え絶えだった母を長野に避難させ、ちょうど2ヶ月後、母は亡くなりました。墓も流されて納骨もできずに、長野での一周忌となりました。
仏壇用の花束を買いにいった時、菊の花を使うことにはためらいを覚えました。寂しく思えて。だから、ピンクや黄色の百合の花を中心に明るい花束をお願いしました。
用意してもらっている間にふと見たら、カサブランカがありました。それで一本、買いました。
一昨年亡くなった義母の葬儀の時、祭壇はカサブランカだけで包まれていました。それをふと思い出したのです。義姉の思いが込められていたのでしょう。
カサブランカは清楚だけれど華やかな百合の王様。楚々としながらも義母の人生も、満州から引き上げてきた経験を持つ、歴史に生きたまさに王道の人生だった。カサブランカが似合うと思いました。
母も同じく、戦前、戦中、戦後を生きぬいた、母だけの波瀾万丈の人生だった。
ああ、私も、カサブランカだけにすれば良かったなあ・・・・と包み終わろうとしている花束を見ながら軽い後悔がよぎりました。
それでカサブランカを1本だけ買ったのです。それは、昔、古道具屋さんで買ったお気に入りの壺に活けて玄関に飾り、訪問客を迎えました。
「カサブランカ」と言えば、イングリット・バーグマン主演のあの映画を思い出します。ナチへの抵抗運動をする夫と、偶然巡り会った元恋人の間で揺れ動く女性の心を描いたラブロマンスです。イングリット・バーグマンは、私生活でもラブロマンスに生きた人でした。
私の二人の母の人生は苦労の連続で、女性の能力を発揮する場も与えられなかったとても地味な人生を強いられたけれど、私はふと、もしかしたら彼女らの人生のどこかに、自分の心の中だけに秘めた熱いロマンスがあったのではないか・・・・と思いめぐらしたことでした。
「カサブランカ」は、スペイン語で「白い家」という意味だそうですね。
(2012年6月20日 記)