コラム―花によせて

花によせて

その8  ミョウガ

 庭のミョウガが真っ盛り、ソーメンや味噌汁の薬味に、てんぷらに漬物にと大活躍です。病院に勤めていた頃、看護婦のAさんにいただいた一株が元祖です。
 食用にする部分は、花穂と呼ばれる沢山のつぼみの塊です。茂る葉の下で這いつくばって咲く花は、まったく目立たず、それどころか見過ごされる存在だけど、なかなか捨てがたい美しさです。
 まるで花穂を花器に見立てたように咲く巧みさよ。スーッと伸びためしべは、優雅なクリーム色の天蓋付きの船に乗っているお姫様のようだ。
 花が咲いたミョウガは、スカスカしてもうおいしくないけれど、実は花も料理に使えるのです。いつかの選挙の炊き出しで知りました。Kさんが作った一皿に盛られた料理は、花の酢の物と本体のしそ漬けでした。クリーム色の花と赤く染まったミョウガの彩りの見事なこと!!美しい一品でした。
 それ以来私も花が咲いてしまったものは、マネをしてサッと湯通しして酢の物にしています。
 あるとき、ミョウガが真っ赤にはじけていました。私は思わず歓声を上げました。ミョウガの実はめったに見ることができないものだからです。しかも、あの優しい花から想像できない毒々しさ。その変貌振りが、またいい。
 とにかく、ミョウガはおいしい。夏を実感する。生前母は「あまり食べると物忘れがひどくなるよ」とよく言いました。でもそれは、釈迦の弟子の周利槃特(スリハンドク)の逸話に由来しているようです。スリハンドクは物忘れが激しい人で自分の名前さえ忘れてしまう。そこで釈迦が名荷〔名札〕を下げてあげたそうな。それでも忘れたくらい、ひどい物忘れ。ミョウガが「名荷」と重なって、「物忘れの素」にされたとのことです。科学的にも、物忘れの原因になる物質は入っていないと証明されています。だから沢山食べても大丈夫。
 私はこの頃、人の名前を忘れてしまうことが多くなりました。ミョウガのせいでないとしたら、ショックだがこれは老化現象と認めざるを得ません。しかし、いつか新聞に専門家が書いていました。「人の名前を忘れるのは自然な老化現象。気にしない」。そうすることにします。

       (2012年8月13日  記)