コラム―花によせて
その10 百日紅
この花は、百日間にわたって紅い花を咲かせ続けることから「百日紅」と呼ばれています。別名「サルスベリ」。7月半ばから10月半ばまでの開花期の、今はちょうど真ん中、盛りのときです。
「炎天の地上花あり百日紅」と高浜虚子が歌ったとおりに、離れて見ると夏の日差しに負けずに燃えあがる炎のようです。しかしひとつひとつの花びらは、ひらひらとまるでレースのように柔らかく、紅は透き通るような優しい色合いです。
我が家の百日紅はめずらしく真っ白です。庭には、真っ白いレースの破片がほろほろと落ち、これまた張り巡らされたクモの巣のレースに引っかかって揺れ動いています。
この木が「サルスベリ」と知ったのは小学校の低学年の頃でした。菩提寺である石巻の正法寺の庭で、父が「これはサルスベリだ。ツルツルしてサルも登れない」と教えてくれました。「ほんとうに登れないのかなあ?」と思いながら、白い木肌をなでたものです。「ほんとにツルツルしている」。
当時、盆には親戚中の墓をまわる習慣がありました。何軒分もの盆花と花筒を積んだ父の自転車のあとを、走ってついて回りました。最後は自宅の墓、菩提寺の正法寺で終わりです。その時、教えてもらったのです。震災で菩提寺は破壊され、墓石もめちゃくちゃに流されました。思い出のサルスベリも消えました。
当時は、花筒には本物の竹を使っていました。名前を書く場所の皮をナイフで削るのは、子どもの仕事です。シューッと皮を薄く削りとるたび、青竹が白くなります。これが面白くて、いかにきれいに削るか弟と競いながら一生懸命やりました。
ハラハラおちる白い花びらは、父との墓まわりとともに、竹削りの作業も思い出させてくれました。
今となっては、子どもがそんなふうにナイフを使う機会もなくなりました。ナイフで鉛筆を削る作業も過去のものとなっています。
この夏、家族旅行で志賀高原に行きました。豊かな森の中で子どもがゲームをして遊んでいました。
くらしが大きく変化する中でも、気をつけて気をつけて、子どもから体を使っての経験を奪わないように、便利さに抵抗もしなければと思っています。
(2012年 9月20日 記)